『自省録』:第2巻と第4巻の英日対訳
ローマ皇帝マルクス・アウレリウスは、紀元170年から180年ごろ、自分に向けたこれらの覚え書きをギリシア語で書いた。このページの英語はジョージ・ロングによる1862年の英訳である。この選集は第2巻と第4巻だけを読み、朝ごとに扱いにくい人に会うと自分に言い聞かせることから、田舎ではなく自分の内に安らぎを求めること、そして打撃に対して岬のように動じないことまでをたどる。
第2巻
この巻の要点
第2巻は朝の心構えで始まる。今日はおせっかいな人、恩知らずな人、傲慢な人に会うだろうが、彼らは私と同じ本性を持ち、私たちは協力するために生まれてきたのだ、と。続いてマルクスは人を肉体、息、そして指導的部分に分け、先延ばしをやめ、一つひとつの行いを人生最後の行いのようにせよ、他人の心を詮索するより自分の心を見守れ、と自分に説く。人はいつでも世を去りうること、誰もが失うのは今というこの生だけであること、魂は苛立ちや快楽への執着や偽りによって自らを傷つけることを思い起こす。すべては考え方しだいであり、人生は一点にすぎず、確かな導き手は哲学だけである。巻末には「カルヌントゥムにて」とあり、ドナウ河畔のローマ軍の陣営で書かれたと一般に考えられている。
第4巻
この巻の要点
第4巻は長く、いくつかの主題に繰り返し立ち返る。指導的部分は状況に適応し、障害を行いの材料に変える。静けさを求めて田舎や海辺へ行く必要はなく、人はいつでも自分の内へ退くことができる。「私は害された」という考えを取り除けば、害もなくなる。死は誕生と同じく自然の神秘である。一万年も生きるかのようにふるまうな。名声はすぐに忘れられ、自然は変化を好み、時は急な川のようだ。第49節は波を受けとめる岬のようであれと説き、不運を気高く耐えることこそ幸運だと言う。巻の最後は、短く自然にかなった道を行けと勧める。
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日本語訳は、ジョージ・ロングの英訳から AI が新たに訳したもので、ギリシア語原文からの直接訳ではなく、公式訳でもありません。各巻の要点、場面の説明、解説は編集による文章であり、著者からの引用ではありません。
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